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銀座で働く163cm.

社会人2年目のハトムネ人材系営業マンの日常

地方出身者は就職で東京に上京するべきだ

東京ってほんまにいいな!

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先日、地元である神戸のサッカーチームで一緒だった友人と会った。

彼は今、フリーランスとしてマーケティングの仕事をしている。

新卒で愛知で働いた後、福岡でフリーランスとして独立し

今年の1月から東京に出てきたということだった。

東京に出てきたのなら久しぶりに会おう!ということになり

共通の友人を交えて、新宿で飲むことになった。

 

居酒屋の座席に着いて

「久しぶり」という言葉の次くらいに彼の口から

 

「東京ってほんまにいいな!」

 

という言葉がキラキラとした笑顔とともに出てきた。 

 

彼曰く、東京には福岡より仕事の案件がたくさんあって

困っているお客さんもたくさんいるということだった。 

そして何より、色んな人と会えて刺激的だということだった。

 

東京のなにがほんまにええねん。

僕は生まれ育った関西が大好きだ。

関西弁も関西人の口の悪さも飴をくれるおばちゃんもたこ焼きも大好きだ。

いつか関西に戻りたいとも本気で思っている。

だけど就職のタイミングで東京に出てきて本当に良かったと思っている。

愛してやまない愛犬を実家に残してきていることを差し引いても

まだしばらくは東京にいたいという気持ちが今のところ強い。

 

それでも

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という問いへの答えを明確に言語化できていなかったように思える。 

 

LIFE SHIFTを読んで感じたこと

 

最近、リンダ・グラットンのLIFE SHIFTを読んだ。

読み進めていく中で、

・なぜ就職のタイミングで東京に出てきたかったのか。

・いったい東京に出てきて何が良かったのか。

ということを自分なりに昇華できた。

 

LIFE SHIFTで書かれていることは

僕の友人が簡単に書評を書いているので見ていただきたいのだが

 

ameblo.jp

 

一言で言えば

”寿命が100年くらいに伸びたから柔軟に生きようや” である。

 

中でも”スマート・シティ”に関する記述を読んで僕の考えはすっきりした。

 

2010年、世界全体の都市生活者の数は36億人だった。

2050年にはそれが63億人になると見られている。

これは、毎週130万人が都市に移り住む計算だ。

都市で暮らすこと、とりわけいわば

「スマート・シティ(賢い都市)」に住むことを望む人が増えている。

この点は今後もおそらく変わらない。 

 

と書かれている。

インターネットが発達したことで物理的な距離の重要性が低くなり

好きな場所で働いて暮らすという流れが強くなっていて

”遠さの弊害”はさほど大きな問題ではなくなったが

質の高いアイデアと高度なスキルの持ち主のそばに身を置くことの

重要性が高まっているので

”近さの価値”はむしろ高まっているということだった。

 

なるほどと思った。

  

実際、就職を機に2年前に東京に出てきてから

社内の人だけではなく、社外の人と会う機会を多く持った。

毎週末、ほぼ100%といってもいいほど社外の誰かと会った。

東京ではベンチャーで働いている友人、他業種の友人、起業家など

本当に色んな人に気軽に会うことが出来る。

その経験が僕にとって非常に刺激的であり

視野を広げてくれているなとも感じていた。

 

これこそが僕が東京に出てきたかった理由であり、

東京に出てきてよかったと思うことなんだと気付いた。

 

これからどうするのか。

やっぱりいつかは東京から出たい。

今置かれている東京という恵まれた環境でスキルや知識、仕事での人脈

友人や家族との良好な関係、多様性に富んだ人的ネットワーク、

自分への知識、新しいことへの柔軟性

などこれからの時代に求められるものを獲得したい。

そしてそこで獲得したものを武器に関西に戻りたいと思っている。

人生100年時代、残りの75年間を思いっきり楽しみたい。

 

阪神・淡路大震災から22年

阪神・淡路大震災から22年

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1995年1月17日午前5時46分 阪神淡路大震災が発生した。

恐らく僕の記憶の中で最も古い記憶だ。

当時3歳だった僕は幼いながらも

”大変なことが起きた”と感じたことを覚えている。

 

地震が起きた時、僕はとても大きな音に気づき目を覚ました。

その瞬間、横で寝ていた父がとっさに覆いかぶさった。

僕は何が起こったのかわからないまま、机の下に逃げ込むように言われて

机の下で待機した。家族に怪我などは一切なかった。

僕が住んでいた神戸市西区は神戸の中でも被害が少なかった。

それでも食器棚の中の物が全て飛び出し、

テレビもテレビ台から転がり落ちていて、

重たいピアノもフローリングにめりこんでいたと聞いた。

 

自宅の窓から、被害が最も大きかった長田区周辺で上がっている

黒くて大きな煙が見えたらしい。

もちろん電車も走っていないので

父は通勤のため、方位磁針を持って自転車に乗り

まるで戦争中の焼け野原のような街を1日かけて通勤したそうだ。

 

しあわせ運べるように

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それから、当たり前のように地震の怖さを教えられてきた。

同時に命の尊さや絆の大切さを教えられた。

小学校では毎年1月17日が近づくと

授業の中で地震についての悲惨な映像を見たり、

被災された方が実際に学校にやって来て、当時の壮絶な話をしてくれたりもした。

本当に様々な地震教育を受けたが

中でも”しあわせ運べるように”という歌が印象的だ。

 

www.youtube.com

 

僕と同世代の神戸で育った人は誰でも歌えるだろうこの歌は

神戸の復興を願った歌である。

 

人生何が起こるかわからない

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僕は綺麗な神戸の街が大好きだ。

正確に言うと綺麗な神戸しか知らない。

被災している現場を自分の目ではほとんど見ていないし、

僕が物心が付いた頃にはもうすっかり綺麗な街だった。

 

それでもそれは当たり前じゃなくて

復興にむけてたくさんの方の支援や努力があったんだと思う。

そして生きたくても生きられなかった人たちが間違いなくいた。

 

東京にいるとつい忘れがちだけれども

故郷である神戸に思いを馳せた1週間だった。

これからも亡くなった方々の分も毎日を大切に生きていこうと思う

 

 

 

自分の心の小さな声に耳を傾けるということ

僕の両耳を支配した会話

喫茶店で本を読んでリラックスしていた。

そこに40代くらいの花子(仮)と雪子(仮)の2人がやってきた。

僕の両耳は花子と雪子の会話に終始支配される。

 

花子と雪子はそれぞれ個人事業主としてフリーで働いている。

あまり詳しくはわからないし、書けないが、

旅行ツアーなどを彼女たちが企画して、

ブログ・SNSで広報+集客して実際に彼女たちが同行するビジネスをしているようだ。

 

花子は悩んでいて、雪子に相談をもちかけている。

花子と雪子が企画するツアーはいつも人気で、

それを聞いた運子という人が「ツアーを企画するから手伝って欲しい。」

と花子に持ちかけた。

花子は乗り気ではなかったが付き合いもあるので

しぶしぶ、ブログでの広報・集客などを手伝った。

しかし結果的に企画は失敗して収益も出ず、骨折り損になった。

花子はこれまでお金をモチベーションにしていなかったものの、

苦労をしたのにお金がもらえなかったことにもやもやしていた。

 

それを聞いた雪子が花子にこんなアドバイスをした。

「もう答えはでてるじゃん。

そもそも、今回の企画を広報する花子のブログには想いが全然乗ってなかったよ。

いつも花子の企画が人気な理由は花子の想いが乗っているからなんだよ。

みんなその想いに共感して、参加したくなるんだよ。

だから自分の心の小さな声に耳を傾けてみなよ。」

 

雪子の結論としては、花子がやりたくないことに手を出したから

モチベーションも上がらず、結果もついてこなかった。

つまり、もうやりたくないことはやらなくてもいい。ということだった。

 

横にいた僕は

雪子の「自分の心の小さな声に耳を傾けてみなよ」

という言葉に心を打たれた。

 

自分の心の小さな声に耳を傾けている人

僕はテレビをほとんどみない。

でもYOUTUBEを見る事が多い。

そして、最近ある1人のYOUTUBERに熱中している。

 ジョーブログだ。

 

www.youtube.com

 

時間のある方は他の動画を見て欲しい。

僕と同い年の25歳の彼はYOUTUBE上に

様々な動画をアップロードしている。

 

アメリカを無一文で横断したり、

スラム街を訪れたり、

南米をバイクで縦断したり

西成のホームレスにお金を渡したりしている。

 

 


【神回】電車内で想いを叫んでみた

 

本当にすごい。

 

僕がこのジョーブログに惹かれる理由はただ一つで

”やりたい”という想いにただ素直に耳を傾けて

自ら実行しているところだ。

 

彼が将来、何になりたいのか、何を目指しているのかはわからない。

政治家かも知れないし教師かもしれない。

けどそんなことどうでもよくて、

彼はひたすら目の前のやりたいことにチャレンジしている。

 

そんな信念が動画から伝わってくるからこそ、

その信念が伝染して、一つの動画あたりの平均再生回数が

約40万回くらいになっているのだと思う。

 

喫茶店で人の話に耳を傾けている場合じゃないと思った。

これから僕は自分の心に耳を傾けて実行していく。

 

雪子、ありがとう。

 

【ブログの目的】銀座で働く163cm.

2017年にやりたいこと

2017年もよろしくお願いします

新年、あけましておめでとうございます。

 

今回の年末年始は実家である神戸に帰省せず

東京で高校サッカーをひたすら現地観戦するという過ごし方をした。

いつもテレビで見ていた高校サッカーを現地で見れて幸せだった。

初夢もサッカーをしている夢だったので

今年こそは、1年ほど苦しめられ続けている足の親指の巻き爪を治したい。

そしてサッカーがしたい。

 

2017年の抱負

2016年を振り返ると

東京にも仕事にも、もう少し慣れるかなーと思っていましたが全然慣れない。

わからないことと出来ないことだらけで日々自分のしょぼさを痛感していて

今年はもっと精進したいな〜と思う。

 

ということで2017年の抱負は

”巻き爪を治す”にしたい。

 

ブログを書く目的について

2016年の11月末にこのブログを書き始めてから

「毎週、1つ書く」と決めて現在7つの記事を書いた。

その中で友達や先輩、新しく知り合う人とも

ブログについての話をする機会が多くなった。

 

その際に

「そもそもなんでブログ書いてるの?」

「何のテーマで書いていきたいの?」

と聞かれることがとても多い。

 

元々、

その瞬間に感じたことや学んだことを書いていこうかな〜

くらいのふんわりとしたテンションで始めたので

読んでくださっている方からすると

このブログがどのような目的で書かれているのか。

が伝わりづらくなっているんだなと気付いた。

 

ブログを書く目的

ふんわりとスタートしたこのブログだったが

書いているうちに、少しずつ目的が明確になってきた。

 

◯アウトプットの場にしたい

読書をしたり、面白そうなイベントに参加したり

社内外の人と飲みに行ったりする中で様々なことを感じ、学ぶ。

でもそこでインプットした内容ってほとんど実行できなかったり

実行できないどころか忘れたりすることが多い。

せっかくインプットしたことも忘れてしまっては

行動も結果も何も変わらない。

だからこそ、自らへの備忘の意味で

経験や思考、感情を整理してアウトプットしていきたい。

 

そして、そのアウトプットした内容を読んだ誰かが

少し笑顔になったり、考えるきっかけになったり、心に残ったりしたら嬉しいと思っている。

 

 

今後の方向性について

結論、テーマは絞らない。

日々の経験から感じたことや学んだこと、小ネタまで幅広くライトにかいていきたい。

 

これからもよろしくお願いいたします。

 

 

もしも織田信長が渋谷のベンチャー企業の社長だったら。

 

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明:信長さん。僕、会社やめます。

       もうついていけません。

 

信:なぜだ光秀。

        一緒に天下一を目指そうと約束したではないか。

  それにもう上場は目の前だぞ。

       こんな時にCTOであるお前が抜けては困る。

 

明:もう限界なんです。

 

信:何が限界なんだ?

 

明:信長さんはいつも戦略を1人で決めちゃうし、

       給料安いし。

 

信:給料はごめん。

 

明:それに、

  「俺は桶狭間の戦いでたった5000人の軍隊で
  25000人の今川軍を倒したんだぞ」

    という話を聞くのはもううんざりなんです。

 

信:そうか...

 

明:「俺が日本で初めて鉄砲を使ったんだ!」

  という自慢も聞き飽きました。

 

信:ごめん...

 

明:何より、信長さんが勝手に楽市楽座を始めたせいで

    競合がたくさんできてしまったのに、

    信長さんは気にも留めず、鉄砲の練習ばかりしてるじゃないですか。

 

信:スタートアップだから仕方ないじゃん。

   

明:大企業が類似サービスを出してきたらどうするんですか。

 

信:それは後で考える。

 

明:それでは遅いんです

 

信:ごめん

 

明:ホトトギスの件も許せません。

  僕がオフィスの片隅で大事に育てていたのに、

  ”鳴かないから”という理由で殺しちゃったし。

 

信:ごめん。 鳴くまで待てばよかったよな。

 

明:信長さんはいつもそうです。

  もう限界です。

 

    今まで ありがとうございました。

 

信:待ってくれよ

 

明:もう他のメンバーを連れて辞めます

 

信:勘弁してよ...

 

 

次の日、明智光秀は仲間を連れて、渋谷を後にした。

残された織田信長は上場を目前にして、大切な仲間を失ってしまった。

これが後に 本能寺の変 となる。

 

リクルート用語だらけの桃太郎

  

むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。

 

おじいさんは上期のキックオフに、おばあさんはオフィス街にビル倒しをしに行きました。

 

おばあさんがビル倒しをしながら、担当者とよもやまをしていると、

川上から、

 

バイトするならタウンワーク

バイトするならタウンワーク!」

 

と大きな桃が流れてきました。

 

おばあさんは桃をサウスに持って帰って、

マネ会でMTGをしていると、桃がまっぷたつに割れて、

中から圧倒的当事者意識を持った男の子が出てきました。

 

子供のいないおじいさんとおばあさんは

 

「まだここにない出会い!」

 

と大喜びで、スーモくんと名づけました。

 

おじいさんとおばあさんは

「フィジビリで育ててみよう!」

と決め、毎日 WILL CAN MUST 面談をしながら大事に育てました。

 

大きくなったスーモくんは

おばあさんに

「お前はどうしたいの?」

と尋ねられました。

 

すると、スーモくんは

「鬼ヶ島にいって鬼を征伐したいです!」

と目標を宣言しました。

 

「言ったからには必達ね!」

とおばあさんはまるっときびだんごを作りました。

 

鬼ヶ島に向かう途中、

確動性の低そうな犬が出てきて

「わたしはいまいま、きびだんごが欲しいです。一緒にテルクリしましょう」

と声をかけてきました。

 

次にラポールの上手い猿が来て

「壁打ち相手になるので一緒にNEWRINGに出ましょう」

と声をかけてきました。

 

今度はリモートワーク中のキジが飛んできて

「きびだんごをサク飯で食べたいです」

と声をかけてきました。

 

スーモくんは

「やるやらは別にして、鬼を成敗することがそもそも大事」

と言いました。

 

犬、猿、キジの3匹はすーもくんの家来になりました。

 

スーモくんは鬼にアポを取り、船に乗って鬼ヶ島に向かいました。

 

鬼ヶ島で酒盛りしているガテン系の鬼に 

犬はリクナビの求人数をエビデンスに、売り手市場であるけれど”鬼”の需要はないことをアピール

猿はゼクシィからカップルの写真を切り抜いて、”幸せ”について5時間弱説きました。

そしてキジはホットペッパーから割引のクーポンを取り出し、もし仲間になったら美味しいお店に連れていく約束をしました。

 

スーモくんは金棒の持った鬼をクロージングするために、

「もう悪いことはしないか?」

と聞くと 

鬼が

「もうしません」

と言ったので、

鬼が島をM&Aすることを決意しました。

 

スーモくんから連絡を受けたおばあさんは

ヨミ表をAヨミに変えました。

 

こうしてスーモ一行は

自ら機会を創り出し、その機会によって自らを変えましたとさ

 

めでたしめでたし

 

 

人生とは自己紹介の連続である

シェアハウスでの自己紹介

昨日、偶然にも2つのシェアハウスに訪問した。

どちらのシェアハウスも初めての訪問で

全員初対面だったため

自己紹介をする場面がたくさんあった。

 いま、何をされているんですか?

思えば、就職活動を始めて、

社会との接点を多く持つようになってから

現在の仕事での営業活動においても

常に自己紹介をしているな〜と気付いた。

 

でも、未だに「いま、何をされているんですか?」

という質問には少々戸惑ってしまう。

自己紹介が上手い人 

その中でも上手いと思う自己紹介は

過去、現在、未来の繋がりが端的にまとまっている。

 

・過去にどんな経験をして

・今どんなことをしているのか

・これからどんなことをしたいのか

 

この3つの要素が自己紹介に詰まっていると、

想い人となりが分かり非常に印象に残る。

 

 反対に「今、何されてるんですか?」

という質問に対して、 

「人材系企業で営業をしています。」

 と肩書だけで話してしまう僕は

何にも自己紹介できていないなと思った。

人生は自己紹介の連続である。

だからこそ、肩書や役職を伝えるのではなく

考えていること、行動していること、やりたいこと

は常に整理して想いや人となりが伝えられる

自己紹介がしたいと思った。